No.CFAN-0363_1
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1952年(昭和27年) 08月14日公開
特報 原爆犠牲第一号
七たび迎えた原爆の日。
8月6日8時15分、思えば7年前のこの朝、原子爆弾第1号が、広島上空炸裂しました。
ものすごい閃光と轟音は、一瞬にして24万7千人の生命を奪い去りました。
跡形もなく飛散した街は、一望千里、視界をさえさえぎるものとてありません。
奇跡的に生き残った人達は、救いを求めて集ってきます。
ボロボロの建物に開設された救護所には、重傷者で足の踏み場もない有様。
「水」を求めながら、息絶えていく人達が数え切れないほどです。
手や足は形をとどめぬほどに焼けただれ、苦痛にふるえる子供達は痛ましい限りです。
75年間は、草も生えないだろうと言われた被災地の瓦礫の間から、朝顔だけが不気味に咲き残っています。
直径8キロの広島市は、死の街と化し、寂として声もありません。
あれから7年目の今日、かつては、死体の山を築いたといわれる浅野泉邸にも、水蓮が綺麗に咲きそろいました。
原爆孤児たちももう八つ。
子供達は元気に水遊びです。
平和に立ち返った広島も、見違えるほど復興しました。
しかしながら、更に千倍の威力を持つ水素爆弾の製造が伝えられる今日、私達は、再び「ノーモア・ヒロシマ」を叫ばずにはおられません。
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