No.CFAN-0336_7
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1952年(昭和27年) 02月07日公開
硫黃島で合同慰霊祭
昭和20年3月1日、あの日からもう7年。
摺鉢山の見える嘗ての硫黄島上陸作戦地、沖名浜の海岸には、太平洋の黒潮が擱座した艦艇を洗い、当時の激戦を物語っています。
島の至る所には兵器や弾薬が散乱し、遺骨は風雨に晒されながら、無謀な戦争に対する恨みを訴えています。
朽ち果てたトーチカ陣地には、毒と知りつつも最後の食料となった、キチガイ豆が実っています。
1月30日、この島に上陸した、和智氏一行は、洞窟を探り草木を分けて、遺骨を拾い集めています。
一方、日本兵の遺品を従軍中に拾っておいた、アメリカのザヘーレン副領事は、このほど、それらを遺族の手に返してきました。
2月2日、摺鉢山南端のアメリカ記念碑の前で、この島に散った、3万戦死者の日米合同慰霊祭が行われ、和智寿松庵の読経の声が、永遠の平和への願いを込めて太平洋の潮風に流れて行きました。
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