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日本独立す 一九五二年四月二八日
あれから6年8ヶ月。
復興した国土は、新生日本のよろこびに溢れています。
1952年4月28日、アメリカの批准書寄託によって、日本は、独立を恢復して国際社会に復帰しました。
リッジウェイ大将は、メッセージを発表しました。
この日、天皇は、連合軍の好意に謝意を表し、続いて、リッジウェイ大将も答礼のため、皇居を訪問しました。
条約発効の28日、首相官邸では、終戦から現在までの閣僚と衆参両院議員を招いて午餐会を開き、吉田首相もいつになく御機嫌でした。
講和発効の報や各国からの祝電を待つ、この夜の外務省は、徹夜で多忙です。
同夜、初代のマーフィー駐日大使が、多数の出迎えをうけて羽田に到着しました。
静かに明けて行った28日、日蓮上人の霊地千葉県清澄寺では、上人の700年祭に、万国平和の大祈祷が行われました。
また、この朝、全国刑務所から恩赦に浴した約3600人が、生れ変った第一歩を踏み出しました。
東京の街々は、日の丸や提灯を飾って、この日を祝っています。
折りしもこの日、東大では、都学連の学生が破防法反対の気勢を上げるなど、複雑な世相の一端を見せました。
4月25日、靖国神社の春の大祭に、雨中をはるばる全国から集った遺族たちは、涙ながらに日本の独立を報告しました。
一方、沖縄より589体の遺骨が、平和な日本に帰ってきました。
しかし、街には、いまだ戦傷の癒えない人々の気の毒な姿が見受けられますが、街頭募金も、間もなく禁止されることになります。
海軍基地と決った横須賀市は、国際色に塗りつぶされ大変な賑い。
ところが、肝心な子供達の学校は廃校になっています。