No.CFNH(G)-0010_3

※この素材はタイムコードをご指定後、別途納品となる素材です。
※使用許諾後、動画編集画面に進み、タイムコードにてカット部分をご指定ください。
※使用の有無にかかわらず、納品時にデータ納品料及び指定タイムコード分の使用料がご請求となる素材です。
1946年(昭和21年) 03月21日公開
ここにも救いを待っている
悪性インフレと食糧危機の中で、引揚者、戦災者、戦災孤児、軍需工場の失業者などの救済は難問の連続だった。
政府は、第90臨時議会に生活保護法案を提出し、国が要保護者を平等に保護し、最低生活の保障と社会福祉の増進を図る趣旨だが、現実は深刻だった。
内容:
・東京都石神井学園
孤児収容施設の石神井学園全景。
割れたままの窓ガラスもある、木造の建物の軒先に下げられた洗たく物。
こたつに入って暖をとる子どもたち。
テーブルを囲んで、雑穀のたくさん入ったご飯を食べる子どもたちと保母たち。
・勝鬨俣育園
保母たちと遊戯をする園児たち。
1人でも多くの子どもたちを世話したいと語る保母さん。
・小石川勤労補導所
家庭の主婦らに裁縫を教えるとともに、工賃を支払う授産所(現在の大塚福祉作業所)。
作業室で、ミシンをかけたりアイロンをかけたりする女性たち。
補導所で働く主婦の話
「ここで働いていても、家のことやら子どものことが心配だ…」
・戦災更生会
宗教家や学生たちのセツルメントが、浅草の焼け残りの寺にあり、戦災者らを救護していた。
焼け残りのコンクリート造りの寺。
本堂の床下で暮す戦災者たち。
戦災者を世話する大学生の話。
「戦犯は3度の食事をしているのに、彼らの犠牲になった罪のない戦災者たちは、飢えと寒さに震えている…」
汚れた衣類を洗たくする戦災者。
寒々とした部屋の裸電球の下で寝る子どもたち。
※ご発注の際は映像内に埋込みのタイムコードにてご指定ください。