No.CFAN-0449_4
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1954年(昭和29年) 03月24日公開
ビキニ被災事件
3月16日、東大病院清水外科では、放射能による火傷も生々しい、ビキニ被災事件の第5福竜丸の乗組員2名が、急性放射能症の診断を受けました。
この2人は、3月1日、ビキニ環礁で行われた原子爆発実験の際、危険区域から16マイル東の海上で、放射能を帯びた灰をかぶったのです。
静岡県焼津市の港の一隅に隔離された第五福龍丸には、まだ多くの放射能が残っています。
17日には、東大学術調査団が、第五福龍丸に乗込んで綿密な調査を行いました。
一方、大阪市立医大の西脇教授も、ジェーン夫人と共にガイガーカウンターで鮫を調べた結果、大きな反応が現れました。
500貫に及ぶ危険な魚は、すべて地中に深く埋められました。
「死の灰」の恐怖は、全国の魚屋さんのに大きな打撃を与え、売上はガタ落ちです。
3月19日には、広島の原爆障害研究所のモートン所長が東大に姿を見せ、治療への協力を申し出ました。
この様な大きな波紋を投じた「死の灰」は、東大の木村研究室で科学分析が続けられていますが、アメリカ側の資料の提供がないまま、治療の見通しが立たないといわれています。
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